オオルリが捕られる


初めての密猟現場遭遇事件
 
                                 
1986年   向井  榮子 ( 熊本野鳥の会会誌に発表したもの。)
                       <右写真は、オオルリのおとり。オス。>

ここは湯の谷キャンプ場。9月7日午前9時20分、
私は、大事なストロボを忘れてきたことを悔やみながら、歩いていた。
そこへオオルリの姿、鳥のさえずり。

「きょうは、鳥が多いなあ」と思って居ると、同行のAさんが、
「鳥捕りが来てる。」と。
オオルリのさえずりはテープ。2ヶ所から聞こえてくる。

近くに1人の男の姿が見えるけれど、私たちは通りすぎる。
ふたりの男が大きな双眼鏡を手に座っている。
「鳥捕り?」と私は思う。

Aさんが「今日は何ですか?」と二人に問えば、「ちょっと遊びに・・・・」。私は、不安を覚える。

「写真ですか?」

「今日は鳥捕りがいて写真はとれないですよ。」
とAさんが二人に言うと、
「菊池渓谷に行くといいですよ。あそこはいっぱいいます。」と言うので、私は嫌な気持ちになる。
追い出そうとしているのだ。
バードウオッチャーなら、大きな望遠レンズ装着のカメラを持っている私たちにもっと親しみを寄せるはずだ。

「今日は撮れませんよ。」というAさんに、鳥捕りのことを私がぶつぶつ言うと、
「野鳥の会なら、鳥を捕らないで下さい、と言わなくてはいけない。」
と問答を繰り返し、私は、情けない思いで山をおりはじめる。

と、突然、「言ってくる。」とAさんが歩き出す。
私は、ひとり置き去りにされ、仕方なく山を降り、キャンプ場入り口にたくさん見える鳥の姿を追い始めた。
そこへ、人の気配。
振り向くと、近くに居た鳥捕りの男が「バードウオッチングですか。」と声をかけてきた。
私は不安になり、早くAさんが戻ってこないかと思っていると、「向井さーん、向井さーん」と呼ぶ声。

飛んで行くと、「いかなきゃよかった。知っている人だったよ。」と情けない顔。
それでも、「言ったからもう直ぐ帰りますよ。」と。

私は、いらいらしていた。先に出会った二人と私に話しかけた一人は仲間。近くで話している。
私たちに関心があるのだ。
私たちは帰りきれず、再びのぼり始めたけれど、Aさんが「現場を見たことないでしょう。行きましょう。」と言う。


 <上写真は、リハビリ中のオオルリのオス>
不安だったけれど、Aさんの体力を信じ、黙ってついていった。

私に話しかけた男の現場だ。
行くと、「野鳥の会に入っているんですか。」と
尋ねられる。
Aさんは「はい。野鳥の会です。」
昔、鳥捕りの名人だったという自負するAさんは、
男にどんどん切り込んでゆき、
「写真を撮って新聞に書きますよ。」というと、「お宅は何処の新聞ですか。
新聞記者が捕っていたと書きますか。」と返すので、
Aさんが、「何処の新聞ですか。何新聞ですか。」と問えば、
「国民新聞。右翼ですよ。上の方は、皆、暴力団とつながっています。
うちは、ちがいますけどね。自民党から金がでるんですよ。云々。」

これから先どうなるのかと、内心びくびくしながら、私は、600ミリレンズのついたカメラを据え、囮のオオルリの入ったかごや
トリモチのそばの赤い木の実(つくりもの)を撮っていた。
ときどきオオルリはやってくるけれど、、なかなかトリモチにはとまらないようすだ。

空は、今にも降りそうに、暗い。

男は、私たちの存在が恐いらしく、「どこからですか。」
「捕りモチについたルリ(密猟者たちはオオルリのことをこう呼ぶ。)を撮るといい。」

「今日の予定は2羽。1羽は、NHKから菊池渓谷に取材に来て、
オオルリが欲しいと言うので・・・。」などと話す。
ばらく、双眼鏡でのぞいていたら、もう一人の男が「かかっている。」と言う。

男たちはそれで2羽捕れたらしく、私たちがいるせいかさっさと片付け始めた。
もう1箇所でAさんに注意された鳥捕り二人も降りてくる。
 <上写真は、リハビリ中のオオルリ>
午前11時であった。
「向井さんおなかはすくけど、1時までここで写真を撮りましょう。」とAさんが大きな声で言う。
鳥捕りは帰り、静かになった。
それから写真の撮れる場所を探していると、鳥捕りの後の残るところにぶつかり、
私は、そこで、数枚のオオルリの羽を拾い集めた。

結局、その日、写真は撮れなかった。オオルリは、寄ってこなかったのだ。
囮のかごに10羽ほど群れ、そして、逃れていったオオルリたちは、
二度とテープには近寄ってこないだろう。

そう、信じたい気持ちだ。
「写真は撮れなかったけれど、沢山のオオルリが助かったから。」と言うAさんの言葉に私も、心から、うなづいた。
けれど、鳥捕りは、明日もまた、やってくるのだ。ゆううつだった。

それにしても、「1羽でもオオルリが助かるから」と、逃げようとする私を現場」へ連れてゆき、
鳥捕りを返してしまったAさんの行動には、ひそかに感動していた。
注意をすれば、やめてくれるのだ。

鳥捕りは私たちにとって、恐い存在ではなく、むしろ、向こうが「野鳥の会」を恐れている。
彼は、「前科者になるから、警察に通報されたくない」と、はっきり訴えていた。

こんな鳥捕りなら、かんたんに防げるではないか。
鳥捕りのくる場所へ毎日のように、野鳥の会なり、自然保護課なり、警察官が出向き、
「捕ってはいけませんよ。」と一口言えばいいのだ。オオルリが渡ってしまうまで。
メジロは巣立ちビナ」が狙われるわけだから、巣立ちの頃、メジロ捕りのいる所へ出向けばよいと思う。
員数的に難しい問題はあるにせよ、こんなかんたんなことが、何故、今実行されていないのだろう。

誰も、鳥を愛していないのだろうか。
オオルリ捕りの男が言ったように、
「鳥が減ったのは、営林署のせい」かもしれない。
鳥が多ければ、鳥は捕ってもかまわないかもしれない。
けれど、広葉樹林がなくなり、メジロやオオルリが増えられず、
その上に捕ってしまうのでは、近い将来絶滅するのは、分かりきっている。

メジロ捕りの人たちによれば、捕りに言った山のメジロは
「皆捕ってしまう」そうである。 「なぜ?」

「自分が捕らなければ、他人が捕るから。」
その年に巣立ったメジロは皆捕られ、山に少しだけ残っているのは、
いいメジロではないとして、メジロ捕りが放したものばかりだと言う。

私たち素人にはわからいけれど、メジロ愛好者には分かるのだそうだ。

山の鳥たちは、私たちが、知らないところで人の自由異にされ、
悲しい思
いをしている。
繁殖する広葉樹の山々は何とかして残してやりたいし、
鳥捕りからも守ってあげたい。
本当にこれだけのことを、今すぐやってゆかなければ、
春、熊本にメジロがいなくなる日がやってくる。
                                  以上

    <上写真は、競鳴会のメジロとかご>

この文章を発表してからも「野鳥の会」には、特に密猟監視の動きはありませんでしたので、
野鳥の会をやめ、「エコシステム」として、密猟監視活動を続けてきました。

しかし、行政も警察も密猟者側に立つことが多く、密猟監視では、密猟はなくならないと判断。

「家庭で野鳥を飼えない環境づくり」を目指して

家庭訪問や小鳥店訪問、競鳴会訪問活動を始めました。
初めての、密猟現場遭遇事件から、20年が経とうとし、地球環境問題が最重要課題とされる今日に至っても、
野鳥密猟問題に対する行政の動きは殆どかわりません。


もし、行政に本気が見えたら、私たちは、すでにこの活動をやめています。

残念ながら、「日本に環境省はない。」と言う状況です。
20年経っても、平野だけが恐れられ、「平野さえ消えてしまえば」と言う動きが行政にも、密猟者にもあることは、寂しいことです。
2005年9月11日の選挙で圧勝した小泉総理の自民党。

官が出来ないことは民間へ。民間に出来ることは民間に、
どんどん移行して、小さな政府、少ない税金でやる気のある民間活力を活かして、
早く、真の「自然と共生する社会」が実現することを願うものです。

官でなければ出来ないことなんて、今の世の中、殆ど、ないのではないでしょうか。
警察も民営化されると、互いに競い合って、国民にとって、頼もしい警察に変身できるのではないでしょうか。

警察の民営化を期待しています。
小池環境大臣にも、クールビズやウオームビズばかりではなく、
野鳥や野草保護にも力を注いでくださるよう、期待しています。

                                       
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